「……また来やがった」
呻く狩野の遙か頭上を、甲高い音の塊が1つ通り過ぎてゆく。その音を追うように、狩野はアクセルを踏み込んだ。
遙か遠くの山腹から幾つか延びる光跡は、飛来するミサイル群を迎え撃つ地対空誘導弾(SAM)だろうか。疾走する車からではそれほど効果があるようには見えないのが気がかりだ。
「けど、数分前よか随分マシになったな」
助手席に座る霧島が、窓から上空を覗きながらのんびりと言う。その口調に若干苛ついたように、狩野がつぶやいた。
「もう十分飛んできてるだろ……国家存亡の危機だ」
「戦争なんて、始まっちまえば常に国家存亡の危機だっての」
「……」
そう言うことが言いたかったわけではない。
しかし、紫煙を燻らせながら若干ずれたことをのんびりと言ってのける同僚にそれを言ったところで押し問答が繰り返されるだけかもしれない、と狩野は思う。良く言えば常に冷静だが、悪く言ってしまえばただの暢気だ。
「……やっとここまで来たか」
「お、甲府南か」
インターチェンジの出口を示す看板と検問を行う交通機動隊の姿を確認し、狩野は車の速度を落とす。
電光掲示でも確認できるとおり、国内の自動車道はそのほとんどが一般車両通行禁止となり、各所にて検問が行われている。
狩野は霧島のものと併せて2人分の身分証明書を提示し、再度速度を上げた。本来ならば一般車両を出口に誘導するべき機動隊員にもいつの間に連絡されたのか、出口ではなく本線へと誘導された。
「……敬礼つきで見送られるとなんか恥ずかしいな」
「煙草なんて吸ってなきゃ恥ずかしがることもないだろ」
「わーってるって。もうすぐ着くしな」
車内に備え付けの灰皿で煙草をもみ消し、霧島は座席に座り直す。目的地である境川パーキングエリアまでは既に残り1キロを切っている。
2人を乗せた車が境川パーキングエリアに滑り込むと、そこは慌ただしさに包まれていた。輸送トラックが連なるように止まっており、よく見れば消防車の姿も見える。
すぐに2人は車を止め、輸送トラックに走り寄る。
「狩野・霧島両名、ただ今到着しました」
「遅ェぞどアホ、馬場と奥山を先に飛ばすからな。さっさと準備しやがれ」
怒声とともに、耐Gスーツなどの装備が放り投げられる。ヘルメットが飛んでこなかったのは若干の優しさゆえだろうか。
そんなことをぼんやり考えていると、背後で轟音が上がった。それを合図とするかのように、トラックの内部が騒がしくなる。
「続けてレイダー4離陸準備せよ」
「レイダー3は高度6000ftまで上昇後、ポイント739に向け回頭せよ」
「第622臨時飛行隊より入間司令部へ、応答願います……」
狩野は一瞬その光景に吸い込まれたように見とれていた。領空侵犯に対するスクランブル任務に就いたことがない彼にとって、たった数時間前までは平和な訓練の一風景でしかなかったそれらが、一歩間違えば命を散らす危険と隣り合わせのものとなっている。
「狩野、手ェ止めんな! 奥山の次だぞ!」
「あ……り、了解!」
指摘され、初めてぼんやりしていたことに気づいたかのように慌てて耐Gスーツを身につける。横で既に準備を終えた霧島がニヤニヤとその様子を眺めていたことにようやく気づいたが、それに反応を返してもからかわれるだけだということを、長年のつきあいで狩野は嫌と言うほど思い知っていた。こういう微妙な意地悪さは改善しようとする努力すら微塵も感じられない。
だが、せめてこういう時くらいは見るだけでなく声を掛けてくれてもいいのに。そんなことを考えながら、狩野も準備を終えた。
「……準備が出来たようですね。では現在の状況を簡単に説明します」
「現在、敵性戦闘機1個師団相当戦力が日本海沖防空識別圏外にて展開中です。先の攻撃により小松基地が壊滅的な被害を被ったため、近傍の稼働可能な部隊にて救援を行います。ポイント739に向かい第623飛行隊と合流後、第23警戒群の指揮下に入ってください」
「了解」
「レイダー4離陸後、レイダー1、レイダー2の順に離陸をお願いします。では、武運を」
敬礼に答礼を返し、狩野と霧島はその場を離れる。
狩野は平静を装ってはいたが、聞いた内容はあまりにも衝撃的だった。
「……小松基地が、壊滅……か」
「随分金をかけたミサイル防衛の効果が実証できたな」
「洒落になってねえよ」
顔を顰める狩野に対し、霧島の表情は締まらない。
「いいんじゃねえの?」
「いい訳ないだろ」
「違う、そっちじゃない」
霧島は狩野に右方を見るよう促す。狩野がそれに従うと、アフターバーナーを吹かし今にも離陸を開始しそうな戦闘機が見えた。
「俺らのような部隊の配備が間に合ってよかったんじゃねえの?」
「……まだ数は少ないがな」
直後、衝撃波が届き思わず目を閉じる。目を開けたときには、その戦闘機は離陸した後だった。
「……ほら、次はおまえだろ? 早く行けよ」
「分かってる」
狩野は短く答え、今しがた戦闘機が離陸したほうへ走った。
普段の自動車道としての面影は、白の破線しか残されていないと感じた。
道の両端にある電灯は高さを1メートルほどまで縮めており、もはや滑走路と化した路面を照らしている。空港の滑走路と違い誘導灯の役割を果たしていないのは、今は空より滑走路を認識させる必要がないためであり、部隊の航空機が着陸するときには上空からでも視認できるよう、今は上方へ光が漏れるのを防ぐカバーが外れる仕組みになっている。
その“滑走路”の手前にはぽっかりと大きな穴が空いている。狩野がそこに走り寄ると、静かに機体が上がってきた。そのエレベータは、アスファルトと同じ高さまでせり上がってくると自動的に停止した。
JAS39 ―― グリペン。
700メートルという短距離での離着陸が可能であり、十分に整備ができない場所でも整備できる折り紙つきの整備性のおかげで、僻地でもそれなりに手が加えられていれば運用が可能。距離は飛べないものの、どんな任務にも対応できる高性能機。
狩野は、先に延びる“滑走路”を睨むように鎮座する愛機に駆け寄った。
操縦席にかけられた梯子を登り、狭い操縦席に身体を納める。後から梯子を上ってきた整備士からすぐにでも発進できる旨の報告を聞き、キャノピーを閉めた。
ヘルメットとヘッドセットを装着し、管制に通信を入れる。
「こちらレイダー1、オールシステムグリーン……離陸許可を求める」
<レイダー1、離陸を許可する。離陸後は速やかに6000ftまで上昇しポイント739に向け回頭せよ>
「レイダー1、高度6000ft上昇後ポイント739に向け回頭、了解」
復唱を行い“滑走路”を見据え、ゆっくりと操縦桿に右手をかける。
左手でスロットルを握る直前に管制から通信が入った。
<レイダー1およびレイダー各機へ。入間より入電、離陸後全ての武装の使用を許可する>
オールウェポンズフリー。
国防については後手後手の日本で、敵機に遭遇する前に武装使用許可が出るなど考えられない。少なくとも、今までは。
つまり、それほどの戦況だということだろうか。
「……上等じゃねえか、やってやるぜ」
知らぬ間に汗を掻いていた左手を握りしめ、マイクに向かって答える。
「オールウェポンズフリー……了解」
左手の力を抜き、スロットルをゆっくり操作する。徐々に機体の振動が大きくなり、それに伴う音も大きくなる。
間をおかず、HUDにアフタバーナーが作動したことを知らせる表示が点った。
「レイダー1、離陸します」
着陸装置のギアブレーキを解除する。
爆発的な加速の後、狩野の駆る機体は空へと舞い上がった。
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